お知らせ

News

感謝と飛躍 滋慶学園グループ創立50周年記念式典がザ・シンフォニーホールで開催されました

 滋慶学園グループの創立50周年記念式典が「感謝」と「飛躍」をテーマに5月22日(金)、大阪市北区の「ザ・シンフォニーホール」で開かれました。1976年に浮舟邦彦総長が新大阪歯科技工士学院(現新大阪歯科技工士専門学校)の設立に携わってから半世紀。滋慶学園グループは今や全国に82校を数え、35万人を超える卒業生を社会に送り出す巨大な教育機関へと成長しました。この日は国内外から約700人のご来賓、卒業生、教職員らが集まり、これまでの歩みに感謝するとともに、未来へ向かってさらに羽ばたくことを誓い合いました。

産経新聞に掲載されました
https://www.sankei.com/article/20260522-RAZJO4HCIVN4HPDNSAIUDW6BUU/

 式典の幕開けは、世界的オルガニストの冨田一樹氏とザ・シンフォニーホール スーパーブラスによるファンファーレ「サモン・ザ・ヒーロー」。この曲には「英雄を呼び出す」という意味が込められており、50年の歴史をともに築いてきた参加者全員を「英雄」として称える演出でした。②④

 式典は大阪農業園芸・食テクノロジー専門学校の谷水直美副校長の司会で進行。ゴスペルアンサンブルの先導で国歌斉唱をし、物故功労者の皆様に哀悼の意を込め黙祷を捧げた後、浮舟総長が記念講話を行いました。

第1部:半世紀の歩み噛みしめて 厳粛なセレモニー

浮舟総長講話

 荘厳な雰囲気の中、総長は自身の教育事業への参画から現在に至るまでの、決して平坦ではなかった道のりを振り返りました。

■創立期 走りながら現場第一主義で

 総長が教育の道に入ったのは1976年、新大阪歯科技工士学院の設立に携わったことがきっかけでした。教育の専門家ではありませんでしたが、学生一人ひとりと向き合う中で、「やりながら、こうした方がいいんじゃないか、学生さんのクレームの方がもっともだ、と経験を重ねるうちに、あるべき姿が見えてきたのです」と現場第一主義で奮闘したことを振り返りました。

 この経験を経て、1983年には「職業人教育を通じて社会に貢献する」というミッションと、「実学教育・人間教育・国際教育」という3つの建学の理念を確立。学校法人としての滋慶学園を本格的にスタートさせました。

■最大の危機と「人材育成」への転換

 18歳人口が増加し、グループが10校に拡大していた1992年、最大の危機が訪れます。バブル崩壊の煽りを受け、校舎の建設がストップするという事態に直面したのです。総長は「これは本当に困りました」と当時の率直な心境を明かし、この苦境が大きな転換点になったと語りました。

 「やはり人材育成が大切だ」という確信のもと、1994年に教職員の研修機関である滋慶教育科学研究所(JESC)を設立。また、短期的な視点ではなく、5年、10年先を見据えた計画の重要性を痛感したことから、組織の基盤を盤石にして質的向上を図るための「中期経営計画(5カ年計画)」を策定する体制へと進化を遂げました。

■人間教育として「当たり前」を徹底

 滋慶学園グループの教育の大きな特徴は、技術習得だけでなく「人間教育」を根幹に据えている点で、特に総長が強調したのは「今日も笑顔であいさつを」というモットーです。「笑顔であいさつをしましょう、というのは、小学校でも指導されている当たり前のことなんですが、できていないことは、いくつになっても始めなければいけません」とその意義を説きました。

 また、「一人ひとりを大切に」というモットーにも触れ、「これは、学生はもちろん教職員に対してもおこなっていることです。残業時間の規制といった労務管理だけでなく、心身の健康と仕事のやりがいを両立させる風土づくりを重視してきました」と語りました。

■未来への展望 第8次5カ年計画へ

 そして総長は、来年度からスタートする「第8次5カ年計画」に言及。18歳人口が激減する厳しい社会状況を見据えつつも、2030年に学生数を4万7000人まで増加させるという高い目標を掲げていることを強調しました。

 具体的なアプローチとして、「AIやデジタルトランスフォーメーション(DX)の徹底活用、半導体エンジニアやヒューマノイド(人型ロボット)開発といった先端分野での人材育成、さらには大阪のIR開業を見据えたホスピタリティ教育など、社会の変化に即応した新しい職種への挑戦を続けていく方針です」と説明しました。

  最後に、「これまでのレガシーをベースにしながら、これからも滋慶学園グループを飛躍させていきます」と高らかに宣言。50年の歴史を糧に次なる半世紀へと踏み出す決意を示し、講話を結びました。

ご来賓の方々の祝辞

 総長の講話の後は、国内外から駆けつけてくださったご来賓の方々から、祝辞をちょうだいしました。それぞれの祝辞の概要は以下の通りです。

■全国専修学校各種学校総連合会の多忠貴会長

 少子化に伴う18歳人口の減少には歯止めがかからず、生成AIやDXによる産業構造の変化に伴い、社会人の学び直しが急務です。加えて優秀な外国人留学生を受け入れ、生産年齢人口の減少が進むこの国で将来の国力になっていただく必要も出てきました。

 こうしたことから、専修学校は若年層のみならず、社会人から留学生にいたるまで、あらゆる世代、多様な人々の学びを支える社会的なインフラとして、その機能を果たしていかなければなりません。そのためには、より一層の教育の質向上と、学校運営の健全化につとめていかなければなりません。

 滋慶学園グループには職業人教育を通じて社会に貢献するという理念の下、今後も専修学校の振興と発展に向けて、より一層のお力添えを賜りますようお願い申し上げます。

■海外提携校ウエストフロリダ大学(UWF)のイーマン・シェイク副学長

 UWFは2019年に滋慶学園グループと、サイバーセキュリティ教育に関する覚書を締結し、サイバーセキュリティ分野の教育交流がスタートし、2020年から滋慶学園グループの学生向けにオンデマンドによるサイバーセキュリティの基礎講座を開講しました。

 AIとサイバーセキュリティは、ヘルスケアやファイナンスから防衛、教育まで、社会のあらゆる分野を変革しています。これらを統合した教育の展開は、まさにこれからの社会や産業界が必要とする人材の育成を意味しています。今の学生たちには、技術的な専門性はもちろん、リーダーシップ、適応力、創造力なども求められています。近い将来、UWFと滋慶学園が、サイバーセキュリティやAIの分野で、共同で革新的な日米連携教育のプログラムを開発できることを期待しています。

 そして世界は、滋慶学園グループのように、知識や技術的スキルの養成だけでなく、人間性、誠実さ、情熱、自ら率先して決断し他者を導く勇気をもつ人材養成を目指す教育機関を必要としています。滋慶学園とUWFが、「より安全で、よりスマートな、そしてより連携する世界」を形作る次世代のグローバルリーダーの養成に協力できると信じています。

■海外提携校、韓国・啓明大学校の金南碩理事長

 2021年、本校の創立50周年記念式典に浮舟総長が出席してくださり、温かい祝辞をたまわりました。滋慶学園グループのゴスペルアンサンブルにも参加いただき、式典を華やかなものにしてくださいました。私たちは互いに率直な対話を重ねながら、それぞれの大学運営や教育の長所を共有し、最も親しく開かれた心をもって、交流を続けてきました。

 滋慶学園グループは、実学教育、人間教育、国際教育を建学の理念として掲げ、若者たちが人生の目標を見出し、その実現に必要な知識と技術を身に着け、職業人教育を通じて社会に貢献できる優れた職業人を数多く育成してこられました。創立50周年を迎えられた背景には、浮舟総長の卓越したリーダーシップ、何事にも徹底して準備・計画を行い、最後まで責任をもって成し遂げる経営哲学があったからこそだと思います。

 時代の変化に柔軟かつ迅速に対応し、学生中心の教育を実践しながら、新たな挑戦を恐れないベンチャースピリットこそが、グループの核となるDNAとしてこれからの若い世代に受け継がれていくことでしょう。

第2部:パネルトーク 滋慶のDNAを紡ぐ者たち

 式典のハイライトとなったのは、滋慶学園グループの歴史を築いてきた中心人物たちが登壇し、浮舟総長と司会の谷水先生とともにトークを繰り広げたパネルトークです。①創立期・新大阪歯科技工士学院編②創業期・滋慶学園編③国際教育編④発展期・産学連携教育編―の4つのパートに分け、当時のエピソードや今につながる想いを交えながら50年を振り返りました。

【パート1】創立期・新大阪歯科技工士学院編

 最初のパネルには、「グループ最初の職員」で、現在もお茶とお花の先生として職員を指導してくださっている瀬川信子先生、新大阪歯科技工士学院開校当初から長年にわたり講師として学生を指導された浦野弘司先生、1期生で卒業後は講師として教壇に立ち副校長としても尽力された吉田輝男先生、25期生で同窓会会長のほか日本歯科技工士会の副会長も務めておられる山下茂子さんが登壇しました。

 まず、滋慶学園グループ発祥の地であるJR新大阪駅前を、浮舟総長と株式会社滋慶の田仲豊徳社長が訪ねた時の映像がスクリーンに映し出され、司会の谷水先生が登壇者に当時の思い出を尋ねました。瀬川先生は総長が毎朝、校舎の前を掃除していたことに驚いたというエピソードを披露し、「ある時、技工士の学校同士で野球の大会があった時、総長が学生に『絶対に優勝してこい』といったら本当に優勝したんです。総長が右といえば、職員も学生も全員右を向く。そんな強烈な連帯感がありました」と懐かしそうに振り返りました。

 浦野先生は、創生期に昼間部と夜間部を1人で担当し、マネジメント業務まで兼務していた当時を振り返り、「浮舟総長や周囲のサポートによって教育者として成長できました。学生を指導することで、自分自身が一番勉強させてもらいました」。 吉田先生は、総長がいったん同校から離れた後、経営難に陥ったことに触れ、「当時は学校が潰れるんじゃないかと噂が流れ、不安でしたが、総長が戻ってこられ、教職員が一丸となって改革に取り組みました。あの時の苦労、総長の想いがあったからこそ、今があるのです」と語りました。

【パート2】創業期・滋慶学園編

 続いて、田仲社長と大阪滋慶学園の橋本勝信常務理事、神戸滋慶学園の斎藤満知子常務理事、北海道ハイテクノロジー専門学校の鈴木紘次元常務理事が登壇し、1980年代の拡大期を語りました。

 斎藤常務は、自身がゼロから立ち上げに携わった神戸医療福祉専門学校の1期生を送り出す準備を進めていた1995年1月、阪神・淡路大震災に見舞われました。「総長は海路で神戸まで駆けつけ、私たちとともに学生たちの安否確認や生活支援に奔走してくださいました。総長の『大丈夫か、頑張ろう』という言葉が、どれほど励みになったか。私たちの原点は、やはり一人ひとりを大切にする心なのです」。これを受け、総長は「激しい揺れだったのにもかかわらず、校舎の最上階に並べてあった酒瓶が1本も倒れず残っていたんです。困難を乗り越える勇気をもらいました」というエピソードを披露しました。

 グループ初期に専任講師として着任した橋本常務は「化学の授業や就職相談など、一人で何役もこなす多忙な日々でしたが、あの時に身につけたことが、現在の教育や大学、大学院、高等学校へと発展していく基礎になりました」と述懐。事務局長として組織を支えた田仲社長は、学校が急成長していく気配を感じつつも運営面で苦労が絶えなかったということを、「やる気はあったが、たった一つなかったのがお金。皆様に助けていただき、なんとか学校を作ることができました」とユーモアを交えながら一校一校の拡大が現在の巨大なネットワークにつながったことを強調しました。

 東京進出にも深く関わった鈴木元常務が紹介した「土地探し」のエピソードは、バブル絶頂期だった当時の地下狂乱ぶりを物語っています。東京の中心地の土地には手が出せない状況で、総長は江戸川区葛西の土地を選びました。「江戸川区役所の方がこの街の将来性を熱っぽく語るのを聞いて、総長は『ここだ!』と決断されたのです」と総長の先見の明を称えました。

【パート3】国際教育編

 滋慶学園の古島暉大常務理事と株式会社国際教育社の渡辺英緒社長は、総長とともにグループの3つの建学の理念のひとつである「国際教育」の歩みを語りました。

 総長が歯科教育の専門家に「世界で一番優れた技術はどこにあるのか」と問いかけたところ、「やはりドイツのマイスター制度だ」という答えが返ってきたといいます。 総長は当時を振り返り、「世界でどういう風に教育されているのか、本物を見ないことには始まらない」という強い信念のもと、当時としては画期的だった海外研修をスタートさせた経緯を明かしました。

 渡辺社長は、現在の多角的な国際プログラム(アウトバウンド・インバウンド)について解説。2020年からのコロナ禍における苦闘と、それを克服したネットワークの強さに焦点を当て、「人の移動が制限される中、海外提携校とオンラインで即座に繋ぎ、国際的な学びを継続させました」と述べ、アメリカのウエストフロリダ大学や韓国の啓明大学校といった提携校が、真っ先にオンライン教育に協力してくれたエピソードを披露しました。

 古島常務は、実際に世界へ羽ばたき、現地の業界でトップクラスの評価を得ている卒業生たちの成功例を紹介。フランスで5万円の価値がつくワインを醸造する東京バイオテクノロジー専門学校の卒業生や、ハリウッドでヘアメイクを担当するベルエポック美容専門学校の卒業生など、世界中で「滋慶の教え」が花開いていることが語られました。

 この後、滋慶学園グループの国際的な地位を示す実績として、アメリカのコミュニティカレッジ国際開発協会(CCID)の理事に、総長が海外の教育機関から初めて就任したことが紹介されました。最後に、バークリー音楽大学や、フランスの高級チョコレートメーカーであるヴァローナ社のシェフからのビデオメッセージが流されました。

【パート4】産学連携教育編

 最後のパートは、滋慶学園COMグループの村上誠悟常務理事、大竹豊運営部長、大西貫士運営部長が務めました。

  村上常務は、1987年の大阪スクールオブミュージック設立時の苦労を明かしました。「音楽の学校を認可校にするなんて無理だと言われ、実際、最初の願書はたったの27通。この時、総長はなんと『やることはやった。あとはお祓いしかない』とおっしゃったんです」。そして実際にお祓いを受けると、2月の説明会には、それまでの不振が嘘のように1000人もの人々が詰めかけたといいます。村上常務は「お祓いをすることによって、一気に風向きが変わりました。あの時の鳥肌が立つような感覚は忘れられません」と笑いをとりました。

 1992年、世界的ロックスターのマイケル・ジャクソンが来校しました。「ディズニーランドに行く前のちょっとした時間に立ち寄ってくれたんです。学生たちのコーラスに感動してくれてね。あのマイケルが滋慶の学生を認めてくれた。それが今の産学連携の自信になっています」と村上常務。この時、結成された学生コーラスが今のゴスペルアンサンブルの原型となっています。

 大竹部長は、世界一と称された自動車デザイン教育について、「最初は『専門学校生は採用しない』と自動車メーカーに門前払いされましたが、学生たちがデザインをつくるプロセスをそのまま見せる展示会を行ったことで採用の道が開けました」と説明。国内外の一流メーカーへの圧倒的な就職実績を誇るまでに至った歴史を語りました。大西部長は「第8次5ヵ年計画」に基づく未来戦略をプレゼン。「これからはAI、半導体、そしてヒューマノイド(人型ロボット)の時代。モビリティや空間コンピューティングの分野で世界をリードする人材を育成します。滋慶の挑戦に終わりはありません」と締めくくりました。

次なる50年への誓い 感謝の花束贈呈とサプライズ

 パネルトークの後、実行委員を代表して浮舟雅信理事長から浮舟邦彦総長へ、感謝の花束が贈呈されました。理事長は「今日祝っていただいたことを大事にしながら、これからの50年に向かって精一杯頑張って参ります」と力強くあいさつ。総長は「多くの皆様に支えられた50年でした」と振り返った上で、「私たちはこれからも、レガシーをベースにしながら、次世代のリーダーたちとともに新しい時代へ飛躍します。さあ、次の50年へ出発です」と語りました。

 そして第2部の締めくくりに、総長からサプライズが。長年ともに歩んだ常務理事たちへ、それぞれの名前の一文字が記された揮毫が贈呈されました。その後、壇上の総長、常務理事らと会場の参加者全員で記念撮影が行われ、会場が一体となって大きな節目を祝いました。

第3部:祝福の旋律 スペシャルライブ

 パネルトークの興奮冷めやらぬ中、第3部では音楽による祝祭が繰り広げられました。世界的ピアニストの金子三勇士さんが登場し、ショパンの「華麗なる大円舞曲」と「英雄ポロネーズ」を演奏。華やかで力強い響きに、50年の重みが重なりました。演奏後、金子氏は「今日、この会場には特別な空気が流れていました」と語りました。

 さらに、音楽業界の第一線で活躍する卒業生たちが結集。ロックバンド「MY FIRST STORY」のドラマー、Kid’zさんや、安室奈美恵さんをはじめ多くのアーティストのサポートベーシストを務めるFIREさんらが、大迫力の「情熱大陸」を披露しました。最後はOSMゴスペルアンサンブルも加わり、これまでの歩みへの感謝を込めて「You Raise Me Up」を、そして次のステージへ向け飛躍することを誓って「翼をください」を合唱。会場の盛り上がりは最高潮に達し、拍手が鳴り止まぬ中で式典は幕を閉じました。